2016年06月01日

ローズドサハラ

ローズドサハラ無しではルーミート(カンガルー肉)の市場開発は途中で断念していただろう。

このレストランは既に閉店してしまったが日本におけるエスニック料理のパイオニアであり、またエスニック料理文化に多大な影響を与えた。当時はアフリカ料理と聞いてもピンとこない時代だった。

日本人のオーナーの元でアフリカ人シェフやウエイター、アフリカンインテリアと音楽でお客を楽しませてくれる店だった。

「アフリカ料理店でどうしてカンガルー肉?」というコメントはよく聞いたが、オーナーがカンガルー肉を気に入ってくれて閉店するまで”カンガルー肉アフリカ風唐揚げ”としてメニューから落とさないでくれた。

毎月の注文量は少なかったが、少ない数量のお肉を定期的に輸入することで細いラインではあったがオーストラリアの工場との縁が切れずに関係を保つことができた。

この時に縁が切れていたら今の市場開発には繋がっていなかっただろう。

別な仕事でオーストラリアを訪問するたびに工場を訪問し、彼らがオーストラリア市場をどのように開発しているかつぶさに勉強することができた。

こうした活動はローズドサハラがメニューからカンガルー肉を落とさなかったからであり、さらに私に市場開発の可能性、希望そして時間を与えてくれたからに他ならない。ローズドサハラのオーナーには今でも深く感謝している。

カンガルー肉は今ではオーストラリアのスーパーで普通に販売されている。

このレベルに到達するまで、1980年〜1990年当時オーストラリアではどのような市場開発をしていたのであろうか?


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