2007年05月18日

何が問題なのだ?

国民投票法案が成立し、憲法を変える素地ができた。

この法案は憲法を改正するための手段だといっても過言ではないし、憲法が変わってゆくのは時代の趨勢だろう。

憲法改正反対勢力は、「この法案は言論弾圧の手段で最終的には戦前の軍事国家に逆戻りするための道具だ」と言って糾弾している。

憲法9条を変え”戦争のできる国”にしてはならないと・・・・。

カンガルーマンは思う。

”戦争のできる国”のどこが問題なのだと?こんなこと当り前だ。

逆に”戦争のできない国”が異常だと思っている。

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”戦争のできる国”に対して反対している勢力の意見は大体以下に集約されるだろう。

1.現在の平和的民主国家から軍事国家へと移行して行く。
2.軍国主義や徴兵制度が復活し、現在私達が享受している自由が制約される。
3.周辺国家を脅かし、さらには国際的孤立を招く。
4.軍備が強化されることで戦争を誘発する危険性が高くなる。
5.軍備競争が激しくなり、経済の疲弊をきたし国民の生活が脅かされ戦争の危険性が高くなる。
6.海外派兵が可能になることにより、以前とおなじような侵略国家へと逆戻りする。

例えば某反対グループ(共産党か日教組関連だったと思うが)は、以下のようなコメントを出している。

 とりわけ、もともと戦前の侵略戦争を肯定する「靖国」派であり、政権も「靖国」派で固めた安倍首相の改憲は、侵略戦争への反省を出発点にした戦後の日本の足取りを根こそぎ覆すと、国民の警戒を呼んでいます。首相を支持する右翼団体の「日本会議」など「靖国」派が相次いで発表した改憲案は、天皇の「元首」としての地位強化や国民への「国防の責務」押し付けなど、戦前の暗黒政治を丸ごと復活させる狙いを露骨にしています。こうした企てを国民が許すはずはないし、アジアや世界の国々とも矛盾を広げることにしかならないのは明白です。
主権者として権利行使を
 「靖国」派の安倍首相が狙う改憲の危険な狙いと中身が国民に知られれば、「憲法を守る」が国民の多数派になるのは間違いありません。
 憲法をきめるのは、主権者としての国民の権利です。だからこそ国会が決議し、発議するだけでなく、国民過半数の同意が必要なのです。いまこそその権利を踏まえ、改憲阻止に力をつくそうではありませんか。

要するに現状のような軍事的に手足を縛られた状態を維持しろということだ。

彼らはよっぽど、日本人の道徳および倫理的価値観に自信が無いらしいし、”戦争のできる国”イコール軍国主義の復活という短路的思考しかできないらしい。

彼らが反対している理由は人間の本質面を全く捉えていないのではないか?

平和で安全な事が一番大事なことであることは誰も異論を挟む事はできない。

しかし、戦う術を持たない民族はいずれ滅びる。

これまでの歴史をみれば一目瞭然だ。

繰り返す”戦争のできる国”のどこが問題なのだ?

次回「カンガルーマンの反論」に続く・・・・・

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この記事へのコメント
「日本は戦争をできる国力・軍事力・判断力があるけれど、しないですむ努力をしている」という認識が、国内外に向けての理想の姿ならいいですね。

「国民投票法案」
大変すばらしいことと思います。学校でも一緒。
「みんなで守ることなのだから、みんなで決めよう。」

しかし生徒(国民)一人一人が、各選択肢の利益・不利益を考えられないようでは、強力な個人や集団に追随する、国民投票の良さをいかせていない結果になるのではないでしょうか。

日本の教育もかなり左側に侵食されているはずなので、今の状態で国民投票を行うのは、どうなのだろうという気がします。

Better than Nothing!



Posted by eriko at 2007年05月20日 20:23
erikoさん、こんばんは。的確なるコメントありがとうございます。

>「日本は戦争をできる国力・軍事力・判断力があるけれど、しないですむ努力をしている」という認識が、国内外に向けての理想の姿

この部分をまさに次回の記事で論じようと考えていました。
力を持っていてもそれを行使するのは人間です。その使い方を間違えないようにする事が大事で、そのレベルまで到達するには高い、倫理・正義感が要求されます。

力を持たさないという事は、自身を全く信用していないということを内外に認めているようなものです。
Posted by カンガルーマン at 2007年05月20日 23:44