2006年04月17日

賛否両論ーその2

昨日の記事に対して、以下のようなコメントをasaさんという読者の方からいただいた。

小学校で英語教育を取り入れたいなら、休み時間や給食の時間に英語の音楽を流すとか、日に一度は学校の中で英語でしゃべってみるとか・・・
すごーく面白い外人の教師を数人、学校の中にウロウロさせておくなんて面白いと思いますけどね。
子供は興味を持って自分から寄っていきます。しゃべります。
もしかすると、口答えまでするようになるかも

実は続きで似たような事を提案しようと思っていたのだがasaさんがコメントなされた内容でポイントの部分を押さえてあるので少し角度を変えてみたい。

要するにカンガルーマンが主張しようと思った事は、机の前に座ってABCから勉強するようなことは止めましょうということだった。

そこで続きの部分では、具体的にどのようにしてカンガルーマンの子供達をバイリンガル、バイカルチャーにしたかを紹介したい。

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カンガルーマンには子供が二人いる。23歳と19歳だ。いずれも日本語寄りのバイリンガル・バイカルチャーな人間に育った。

母親が日本人でないという事は、普通の子供達と比較した場合有利なスタート地点にいたといえるだろう。しかし、同じような境遇の子供達でも親が努力をしないと日本語しか話せなくなってしまう場合が多々ある。

それではどのようにしてそう(日本人寄りのバイリンガル・バイカルチャー)なったのか?

【家の中での基本環境】
1.母親は子供達に対して決して日本語を話さない。
2.カンガルーマンと子供達は日本語を話す。
3.カンガルーマンとカミさんは英語で話す。

【教育】
1.保育園、小学校、中学校は日本の公立学校で義務教育を受けさせた。
2.3歳頃から武道を習わせた。息子は中学まで、娘は小学校の低学年まで。
3.中学までは毎年、夏休みにアメリカの実家で過ごさせた。
4.息子は高校と大学はアメリカの教育を受けさせた。娘は、高校は通信教育でこれからアメリカの大学に進学する予定。

基本的には上記の七つのポイントが柱となっている。

ここで、よく言われることは母親が英語を喋るから子供が喋れて当然という意見だ。しかし、ことはそう単純ではない。母親がチョットでも気を抜くと子供は日本語だけになってしまう。かといって母親が子供に鉛筆と紙を持たせて言葉を教えるわけではない。

つまり、意思疎通の手段として常に英語を話すという努力を続けたのみだ。そして、普段から英語に耳を慣れさせるようにする努力を続けたことだ。

家の子供達が中学に入った時は、英語はある程度話せたが、読み書きは他の子供達と全く同じレベル(全く出来なかった)だった。違いは英語での意思疎通ができる事、発音がネーティブに近い、そして英語を聞き取れるということのみだった。

中学に入って他の子供達と同じ環境で英語の勉強をして成績が良かったかというと、全く反対だった。非常に悪かった。

つまり英語は喋れるが、テストの成績は悪いという結果が出てきた。おかしいなと思ってテストを見てみると、なるほどほとんどはテストというよりも日本語とアルファベットのパズルといった内容だった。特に文法のテスト等はひどかった。英語と言うより日本語のテストみたいだ。文法用語とその意味を覚えるだけでも大変だ。

そしてつくづく思った。「なんという、時間とエネルギーの無駄遣い!」

それでは家の子供達はどのようにして読み書きを覚えたのか?アルファベットを覚えることは簡単だ。そのあとは、それこそ小学生向けの易しい本からスタートしてあとは読書街道まっしぐらだ。

こうした経験に基づいて、カンガルーマンが早期教育で推奨したいことは:
1.学校が行う事は、教室の中で英語を子供達に教える事ではない。母親がやっていたように子供達が英語で意思疎通できる機会と環境を作ってやることだ。

特に英語で遊べる機会と環境が最も望ましい。子供達は遊ぶ事になると目の色が変わる。覚えも早い。そして忘れない。

子供達が遊びを通じて英語に触れる時間を作ってやることだ。

2.定期的な英語キャンプ等は海外で過ごすのと同じような効果が期待できる。
3.読み書きは中学に入ってからで十分だ。
4.アルファベットを覚えたら、あとは文法や訳文等は忘れてとにかく出来るだけ多くの本を読んで、皆で感想を言い合ったり書いたりする時間の方が大事だ。その過程で、読み書きや語彙能力が自然に培われる。

カンガルーマンはかなり自信を持って言える。この方法だったら、子供の日本語能力を損なうことなく自然に英語を話せて理解できるようになる。

しかし、文科省の役人や教育熱心な方々にとっては「なにー?遊びながら、英語を覚えるー?とんでもない」ということになるのだろう。単語帳を片手に電車の中で英語を勉強する姿の方が非効率であっても彼らにとっては安心できるだろうから・・・。

現在の大学試験制度(今年からは聴き取り能力も重視されるようだが)では、カンガルーマンが推奨する英語能力習得法では、絶対に高得点をとる事は不可能だ。

ただ、TOEICやTOEFLのテストではかなりの高得点が期待できるだろう。

問題は、TOEIC・TOEFL・英語検定試験の成績が良くても大学入学試験の英語テストでは高得点を取れない事だ。

したがって、「権力を持っている文科省の役人や英語の先生達が言語習得を学問」だという呪縛から解放されない限りいつまで経ってもこの問題は解決しないだろう。

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この記事へのコメント
カンガルーマンさん
こんにちわ
なるほど海外で育児の経験者が語る英語教育には説得力がありますね!
僕も自分自身英語が好きで(この歳で笑)英語になるべく親しめる環境作りをしていても、日本語圏で特に勉強をその為にしてないので、上達はかなり難しい状況です。
聞くことが中心で(もっぱらハリウッド映画を見ること)話す機会がないので、とっさの会話はどうしても考えてから話そうとします。
そうすると子供時代に勉強した英語教育の文法から英文を創作してしまい、会話的な文章にならないなどのジレンマをいつも経験します。
出来るなら幼少に戻りたいですね(笑)
Posted by 新会社設立前から設立後の成功への道のりーヒロシです at 2006年04月18日 16:09
私の書き込みを引用してくださったなんて・・・恐縮です。
カンガルーマンさんの提案アッパレ!!
です。
私も結局「英語」が楽しいかな〜と思ったのは、短大で外人の先生との英会話でやり取りする授業を経験した時で、「英語」が必要と思ったのは友人と韓国に遊びに行ったとき、現地の人と何らかの意思疎通が必要になった時です(例えば値切るとか)
英語教育で目指すものは何なのか、どのような状態を英語教育の習得と呼びたいのか、その辺が教育を授ける側と受ける側とでズレがあるうちは、方法や手段や成果の評価はすべて一致しないでしょうね。
「文科省の役人さんこのブログ見においで〜」
Posted by asa at 2006年04月18日 17:30
ヒロシさん、こんにちは。
小さい時からある程度慣れておくというか、体に染み付いていると大人になってから勉強しても割とスッと入っていくと思います。どうせ言葉を覚えさせるのなら行政サイドでそういった観点からも子供達に言語習得の環境と機会を作るプログラムを提供するべきだと思います。そのほうが頭でっかちでない形で言葉を習得できるはずです。
Posted by カンガルーマン at 2006年04月19日 10:45
asaさん、こんにちは。
私自身の経験からいっても、遊びながら言葉を覚えるほうがはるかに効率的で効果が上がります。机の前に座って必死に文法や構文を覚えても体に染み付きません。言葉は、バレーボールを覚えるのと同じですよ。ボールに触って、パス、レシーブ、トス、アタックを繰り返し練習して、試合形式で練習しないとうまくならないのと同じです。いくら本でバレーのやり方を学んで、内容を全て暗記しても実際に練習をして試合に出ないとうまくなりませんよね!
Posted by カンガルーマン at 2006年04月19日 10:53