2005年12月29日

マインドコントロールからの目覚めーその5

 言葉が喋れずに非常に悔しい思いをしたカンガルーマンは、一念発起して英語の勉強に取り組んだ。

 ロングビーチ市立大学で開講していたアダルトスクール(移民のための英語教室)に朝9時から夜の9時までほとんど毎日2年間通った。

 おかげで、3年後にはカリフォルニア州立大学ロングビーチ校に入学する事ができた。

 こうして言葉に不自由がなくなってくるといろいろなことが分かってくる。

 まず、カンガルーマンが住んでいた地域はロングビーチで最も危険な地域とみなされていたことだ。しかし、そこに住んだおかげで多くの事を学んだ。

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 渡米する前にカンガルーマンがイメージしていたアメリカ人像は、先に述べたウイルソン夫妻のような人達だった。そして、アメリカ人全部がそうだと思っていた。

 ところがアパートの周りというかそのあたり一帯に住んでいる人達は、ほとんどが黒人、ヒスパニック、老人そして貧乏な白人(Poor white trash)と呼ばれる人達だった。

 面白いことに、言葉ができない時はそういった人達と中流アメリカ人との区別さえつかなかった。したがって、当然のごとく彼らを恐いとも思わないし相変わらずカンガルーマンがイメージしていた理知的なアメリカ人としてみなしていた。

 しかし、言葉が分かり始めると「どうも彼らはイメージとはかなり違う人達らしい。」ということが分かってくる。というのも、そのころには近所付き合いもしていたし、友達もでき始めていたからだ。そして、3年経った頃には立派にそこの住人となっていた。

 友達のほとんどは失業者か低賃金労働者で、中流白人が呼ぶところの「ストリートギャング」達だった。しかし、彼らの中に入ると決してギャングではなかった。ただ、何もやることが無く街でたむろしているのでそう見られていただけだった。

 ピストルやナイフなどの武器を持っている輩もいたが、非常に義理人情に厚くお互いが助け合っている仲間たちだ。カンガルーマンが困っているといつも助けてくれた。特に、おんぼろのカローラが故障するたびに真夜中でも電話をすれば駆けつけて無償で修理してくれた仲間達の事は忘れない。2回ほど命を失いかけたがカンガルーマンにとって、いつの間にかこの地域は非常に住み心地のいい街となってしまった。

 ただ、残念だったことは仲間たちとの会話は、落書き(カンガルーマンも夜中にバケツとペンキを持って落書きに出かけた)、ピストル、女、ドラッグ、戦争経験(ベトナム帰りも多かった)が中心で、彼ら自身が自分の将来にそれほど希望を持っていなかったことだ。

 ここで思ったことは、「オイオイ、俺が日本にいた頃に教えてもらった素晴らしいアメリカと全然違うじゃないか?」ということだった。彼らはアメリカ人でありながら「自由とアメリカンドリーム」からは最も遠い位置にいたようだった。

 この時点でカンガルーマンのアメリカ熱はかなり冷め始めている。

 仲間たちとは相変わらず馬鹿をやって遊んでいたが少しずつカンガルーマンは彼らとの距離を置き始めた。しかし、正直なところこれは非常に辛かった。カンガルーマンはこの環境から逃れる術を持っていたが、彼らは無かったからだ。

仲間の一人が言った言葉は今でも忘れない「何だ?!お前もあの”頭”で仕事をする奴らの仲間だったのかい?」

 それから、蓄えのお金が少なくなり始めたので仕事に就くことにした。仕事についてみると、これはこれで新しい現実世界が見え始めた。

次回に続く・・・・・・

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この記事へのコメント
カンガルーマンさん こんばんは♪

アメリカでみっちり英語を勉強したのですね。
3年後には大学入学まで。。。すごいです!
文字通り悔しさがバネになったのですね。

ブログをやってる人の中には、こうしたすごい一面を持ってる人が沢山いるのも、
私がブログにはまった一因かなとも思ってます。
Posted by めろり at 2005年12月30日 14:34
カンガルーマンさんはアメリカで本格的に勉強されたのですねぇ。

まったくゼロの立場からって私も無防備にアメリカに始めて行ったときのことを思い出しました。
でも女性はやっぱり有利かも(笑)そんなに冷たいって印象はないです。

こういう話は大好きです。
続きが楽しみ!
Posted by イヴォンヌ at 2005年12月30日 20:08
カンガルーマンさん、本を出版されたらどうでしょうか?
あまりにも楽しくて(って、失礼ですね!)ついつい、先の事が
知りたくなってしまいますよ。色々なご経験をされた様子が
カンガルーマンさんからの人柄からも伝わってくるようです。
Posted by 姐御 at 2005年12月31日 07:13
めろりさん、おはようございます。
コメント有難うございます。誉めていただきとてもうれしいです。すごいかどうか分かりませんが、悔しさというものは思わぬ力の原動力になることが分かりました。あの悔しさが無かったら、今の自分は無いと思います。そういった意味では、私を馬鹿にした人達に感謝しています。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月31日 10:20
カンガルーマンさん、おはようございます♪
3年勉強で入学されるとはすごいです!
助けあう仲間っていいですね。
誰でも将来に希望がもてるようなアメリカになりますように。

続きが楽しみです。映画になりそうなお話ですね!

カンガルーマンさん、よいお年をお迎えください。
来年もどうかよろしくお願いします。
Posted by かこ at 2005年12月31日 10:30
イヴォンヌさん、おはようございます。
イヴォンヌさんも私と同じような経験があるのですね?違いは、それほど冷たくされなかったこと。男性と女性の違いがあるのですかね?なるほど、男性は一般的に女性に対して優しく接しますが、女性が見知らぬ男性に優しく接したら誤解を与えるかもしれませんね!似たような経験をなされたイヴォンヌさんが読んで下さり感激です。イヴォンヌさんの体験も聞きたいものです。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月31日 10:35
姐御さん、おはようございます。
コメントありがとうございます。イヤー、そんなに誉めてもらうと恥ずかしくなってしまいます。時間がかかりましたが、自分のアメリカコンプレックスが無くなるまでの過程を誰かに聞いて欲しいと思ってこのシリーズを始めました。海外在住の姐御さんも多分私と同じように感じる部分があるのではないでしょうか?
Posted by カンガルーマン at 2005年12月31日 10:54
かこさん、おはようございます。コメント有難うございます。
アメリカという国は非常に面白いところです。後日で触れたいと思いますが、ある意味で人間の本質が剥き出しになるところではないかと思っています。人によってはそれを「自由」と呼んでいるようです。自分が経験した事を多くの方々と共有できれば嬉しいです。
来年もよろしくお願いいたします。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月31日 11:04
かんがるーまんさん
こんにちわ。合に入らば合に従えの生活でしたね。
本当にわずか2年で英語をマスターしたのは凄いですね。さすが、同窓生です。あのころ毎日放課後9時まで図書館で勉強したことを思い出しました。
高校のときの集団訓練の賜物がこんなところで活かされていたんですね。お亡くなりなった校長に聞かせたいです。
Posted by ヒロシです at 2005年12月31日 16:34
ヒロシさん、こんばんは。
いろいろいう人がいますが、私はあの高校好きだったですよ。
当時としては非常にユニークな学校だったと思います。
東京でも同窓会には時間があれば出るようにしており、卒業生同士のつながりはそれなりに強いようです。これも何かの縁だと思いますのでこれからもよろしくご指導ください。
2006年はヒロシさんの新事業が成功することを祈念します。
それでは良いお年をお迎えください。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月31日 19:46
カンガルーマンさん、こんにちは。コメントが遅くなってしまいました。「自由と機会に満ち溢れたアメリカンドリーム」にも必ず裏があるんですね。でもその「裏社会」に暮らす人々が義理人情に厚い人たちというのは、希望がもてます。

それにしても、カンガルーマンさんが住んでらした頃に比べて、アメリカの裏社会はさらに広がっているんではないでしょうか?そのうちアメリカが、「第三世界の海に漂ういくつかの島々」みたいなことになるのも、ありうるのではないかと思います。
Posted by mikionz at 2006年01月04日 11:04
mikionzさん、
コメントありがとうございます。ブログではあえて言及しませんでしたが、mikionzさんご推察のとおり残念ながら当時と現在では格段の差(非常に悪くなっている)があるようです。昔は夜中でもそれなりに気をつければ街中や暗闇を歩くことが出来ましたが、今では普通の人達にとっては不可能な世界のようです。また、ギャングやドラッグは大都市の問題だったのが、今では田舎や地方都市でも普通の出来事になっているようです。これは、実際にアメリカの高校に通っていた息子の話です。
去年のハリケーンカトリーナの略奪ではその部分が全世界に露呈されたのではないでしょうか?
Posted by カンガルーマン at 2006年01月04日 12:43