2005年12月19日

二つの人生

 ビーチで仲間たちを待っている間、思うことがある。

 今はかなり寒いのでビーチに早く行く事はない。しかし、暖かい時期は10時頃ビーチに行き、海を見ながら考え事をしたり、音楽を聴いたり、本を読んだりして過ごす。

 そういった時に考えることが一つある。欲張った話だが、二つの人生が欲しいということだ。

 それはどういうことかというと、

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 カンガルーマンが20代の頃、メキシコのベラクルスという所から来た女性と知り合いになった。

 彼女と一緒にいるといつもベラクルスでの生活について話をしてくれた。彼女が言うには、ベラクルスにいるとお金はほとんど要らないとのことだ。30年以上も前の話だから、今では状況が大きく変わっているだろう。

 まず、気候がいいため食べるのに困らない。お腹が空けば、海で魚が取れるし、またジャングルに行けば果物や芋等がすぐ手に入る。

 お腹が一杯になれば、木陰で休むか友達とおしゃべりをしたり遊んだりする。

 したがって、生きるためにお金を稼ぐ必要性を感じない。お金は、少し贅沢をするための道具としての価値しかない。だから、私たちの感覚で言うところの生活の糧のための労働をしない。

 彼女がロサンゼルスという大都会で直面したカルチャーショックは、人間が生活するために労働しなければならないことだった。

 結局、最終的にはベラクルスに帰ってしまったが、今ではそこもお金が無ければ生活できない場所になっているかもしれない。

 カンガルーマンは、自分の夢を達成すべく目標を持って毎日を過ごしていると思っている。しかし、ビーチに行くと必ずベラクルスの話を思い出す。そして、彼女が話したような生活にも大いに憧れる。

 多分、彼女が話していたような生活を送ろうと思えばいつでも出来るだろう。それこそ、気候がよくて食べ物に困らないところを探して一年のうち数ヶ月をそこで過ごせばいい。

 しかし、これまで受けた教育と頭にインプットされた価値観を全て捨て去ることは無理な相談だ。

 したがって、そういった生活を当然のこととして受け入れられる価値観を持った人生も同時に持ってみたいものだ。

 今のカンガルーマンは、頭ではそのようなライフスタイルを送りたいと思っていても、体と頭に刷り込まれた資本主義的観念を払拭することは不可能だろうし、南海の孤島で天国みたいな生活をしたとしても、数ヶ月しか持たないだろう。

 しかし、時々思う。毎日ビーチに行ってボーッとして、体がなまったらボールを追いかけて、体が疲れたら昼寝して、お腹が空いたら海の魚を取って焼き、頭が空っぽになったら本でも読んでという生活も楽しいかなと思ったりもする。

 口の悪いひとは、「それはホームレスの一歩手前だ。」という。

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この記事へのコメント
ベラクルスの生活ってどこかあこがれますよねぇ〜。
現実的ではないとわかっていてもあまりに忙しい東京の生活は時々疲れを感じますよね。
ところで、カンガルーマンさんのブログをリンクさせていただきましたので
よろしくお願いします。
Posted by イヴォンヌ at 2005年12月20日 07:11
カンガルーマンさん おはようございます♪

のんびりと暮らせたらどんなにかいいでしょうね〜ストレスもなく。。。
でも、現実の生活と照らし合わせると、アレガダメコレが都合が悪いな。
などと、結局ムリに行き着きます(笑)

たぶんこの理想を手に入れたら、早くにボケちゃいますよー!
て、ことであきらめませんか?(苦笑)
Posted by めろり at 2005年12月20日 08:03
イヴォンヌさん、こんにちは。
コメント有難うございます。リンク有難うございます。
こちらは、そちらに断りも無く勝手に張っていました。申し訳ありません。
頭の構造と生活の価値観が今の時代用に出来上がっているので変えること自体が大変だと思っています。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月20日 13:01
めろりさん、こんにちは。いつもコメント有難うございます。
そうですね、今でもそれなりに満足してますから欲張ってはダメですね。
と・り・あ・え・ず、諦めます。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月20日 13:04
カンガルーマンさん、私のブログにコメント有難うございました。ご返事は後ほどいたしますね。

そうですね、人の生き方って本当にいろいろありますね。日本だけに住んでいたらそのところが見えなくなります。

マレーシアはまだ国を挙げて一つの方向つまり経済発展に向かっていますから、人の生き方のバラエティというか幅はそうないのですが、かつて住んでいたニュージーランド(NZ)は、社会としての方向性がなくて、いわば真空状態なんですね。

それで、各個人が自分の好きなように生活を組み立てていました。本当にいろいろな生きざまがあって、その人の本質が生活に反映しているようでした。人間が生きるってなんだろうって考えさせられました。その意味で、NZはとても真実味を感じるところだったです。
Posted by mikionz at 2005年12月21日 00:49
mikikonzさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。いろいろな所に滞在なさって多くの人達の生活や考え方を学ばれたと思います。その結果として、現在マレーシアにお住まいなんでしょうね。mikikonzさんのブログを通じてこれからも多くのことを学ばしてもらおうと思います。
Posted by カンガルーマン at 2005年12月21日 12:59