2010年04月30日

携帯、ETC、ナビ

本来なら、「どこへ向かっているのか?」の続きを書く予定だったのだが、予期せぬ事態が起きたのでその件について述べてみたい。

携帯、ETC、ナビに依存した生活の脆さを実感した。

先週末のことだった。

普段はETCとナビのついた車を運転している。
ところがその日に限って、カミさんのETC,ナビ未装着の車で高速を走ることになった。

気持ちよく運転していたのはいいのだが、料金所で習慣に従ってETCレーンに入ってしまった。間違いに気付いた時には後続車が4、5台繋がっている。

慌てて車を降り、現金で係の人に料金を払いゲートを上げてもらった。

ナビがないものだからアチコチで止まりながら、道順をききながらやっと目的地に到着。

到着の報告を家にしようとしたら携帯が見つからない!車の中、カバンの中、ポケットをチェックしても見つからない。

多分高速料金所で落としたのだろうと思い、電話しようと思っても目的地のどこにも公衆電話が置いてない。

しかたなく、知り合いの携帯を借りて自分の携帯に電話を入れても繋がらない。

そして料金所に問い合わせたところ、

「ああ、あのレーンね。確か何か黒っぽいものの破片が散らばってましたよ。」とのことだった。

これで携帯が破壊されたことを確認。

ここでハタと気がついたことは、その日の午後複数の知り合いと電話とメールのやり取りをすることになっていた。

が、全く連絡の取りようがない事を認識。

自宅の番号ではなく、彼らの携帯メールと番号のみしか分からない。

連絡の術が完全に消滅してしまった。

目的地での用事が終わったのが夕方。

それから携帯ショップに行って新たな機種を購入しようとしたが手続きに時間がかかるとのこと。

結局、昔の携帯電話を家から持ち出してそれが使えるようになったのが午後の8時だった。

その間、携帯サーバーに留守電3つとメール8つが蓄積されていた。

現在困っていることは、携帯が壊れたことでここ2年くらいの間に携帯情報を交換した方達の情報が全て消えてしまったことだ。

次回偶然顔を合わすか、メールを頂くことがない限り、こちらから連絡することができない。

携帯、ETC、ナビに頼り切った生活から、これらのない生活に戻ることがいかに大変かを身にしみて感じた1日だった。

便利な生活はいいのだが、一旦それらがなくなってしまうと何も機能しないというか麻痺してしまうのが現代の生活様式となっている。

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2010年04月26日

どこへ向かっているのか?

いやどこへ向かわそうとしているのか?

久しぶりの政治ネタスパイストーク。

トークと言うよりも単純な疑問。

昨年の衆議院選挙前のマスコミによる麻生政権と自民党に対する強烈なバッシング。そして今は鳩山政権と民主党、そして自民党に対するバッシングだ。

ここまで方向性の定まらない日本を経験したのは初めてだ。

まるで車を運転していて渋滞に巻き込まれながら三差路に差し掛かり、運転者を含めどちらに行くか分からず車の中の全員がそれぞれ右だ、左だ、真ん中だとののしりあい立ち往生しているように見える。

しかも誰も目的地を知らないかのようだ。

いや多分知らないのだろう。

だから揉めている。

政治家、財界、マスコミ、官僚、学者・評論家の頭の良い皆さんはこの日本号という車をどこへ向かわそうとしているのか?

目的地はどこなのか?

教えて欲しいものだ。

目的地さえはっきりすれば渋滞に巻き込まれてもある程度の方向を決めることが可能だ。

日本国のリーダー達よ頑張ってくれ。

そうしないとそのうちに燃料がなくなって車が動かなくなってどこにも行けないという状況になってしまう。

カンガルーマンが考えるところの目的地は?:

次回に続く・・・・

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2010年04月22日

ミステリー・・・・

shoes?

この靴が意味するところは?



世の中には不思議なことがあるものだ。

車に乗る時に靴を脱いでそのままだったとか?

でも途中で気がついて戻ってくるだろうに?

助手席に乗るのにも靴を脱ぐのか?

いや、助手席サイドから靴を脱いで運転席に移動?

うーん、しかも靴が奇麗に揃えられている?

わからん。

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2010年04月20日

The Bushfood Handbook・・・・・アボリジニと食物-2

 アボリジニオーストラリアのあらゆる地域で、伝統的なブッシュフードは健康に必要な全ての栄養素を含んでいます。内陸部から沿岸部にあるそれぞれの部族地では150−500種類の異なった食材がありました。大陸全体でも食用となる植物は4,000−5,000種類にのぼりました。また、動物、食用植物、魚介類、昆虫等を含めた全ての資源は10,000種類近くだったようです。

 全ての食材が毎年使用されたわけでもありませんし、また部族の誰もが入手できたわけではありません。一般的に、男はカンガルー、ワラビー、エミューやその他の哺乳類の大型動物を狩猟しましたが、常に狩猟に成功していたというわけではありませんでした。狩猟が成功した時には、伝統的な戒律にしたがって料理され分配されました。大人社会の仲間入りをするためのイニシエーションを受ける若者達はエミューや内臓等の臭いの強い肉を食べる事は許されませんでした。これらは部族の年長者用に残しておかれたからです。子供や女性には特定の時期や場面で異なった制限が適用されました。ほとんどの地域でこれらの規則や習慣は、昔も今も実施されており他の人が食事をしていても誰も空腹になることはありません。

 一部の食材は誰でも伝統的な制限を受けることなく食べられますし、ブッシュの多くの珍味は外に出るたびに熱心に捜し求められます。ある種の花はネクターを作るのに適していることで知られています。糖分の多い果物は収集され、蜂蜜や蜜蟻は巣が見つかった場合はいつも収穫されます。ある種のワトル(オーストラリア産のアカシアの一種)からとれる甘いガムはブッシュのお菓子(キャンディ)にもなります。

 全ての有用な食材が必ずしも使用されているわけではありません。例えば、固有のナツメグ(Mystica inspida)は一般で使用されているナツメグと同じ風味ですが、アボリジニが調味料として使用した記録はありません。一部の部族では食材として認識されていても他の部族ではそうでない場合もあります。

 アボリジニ固有の道具は食材の収集や処理をより容易にしました。木材は形、木目、硬度、耐久性等の特性によって選択されました。ドライランドプラムブッシュ(Santalum lanceolatum)の木はブーメランを作るのに使用され、グラスツリー(Xanthorrhoea)の穂で槍柄が作られました。様々な木(例えば、マルガ、ガムツリー等)の柔軟で強靭な枝は素晴らしい槍投げ器となりました。クーラモン(木製の皿)はビーンツリー(Erythrina vespertilio)のような軟らかい木でできており、穴掘り棒は鉄のように硬い木(例えば、アイロンバーク)でできています。クラジョン(Brachychiton spp.)またはスクリューパーム(Pandunus)からは、ロープ、バッグ、ネット等を作るのに適した紐になる繊維がとれました。火は日常生活で重要な役割を果たしており、異なった用途により異なった種類の火がありました。ガムツリー材等の密度の高い木材は炭になるまで燃やされ、その火は保温やカンガルーの丸焼きに使用されます。虫、蛾、野菜等の小さな食物を料理するのに熱い灰が必要な時は、軽い木材が使用されます。伝統的にアボリジニは木を擦ったりしてその摩擦熱で火を起こします。これは非常に辛い作業のため、一旦火がついたらたびたび火を起こすより燃やしつづけるほうが楽でした。ある部族の習慣の一つは、キャンプ(居住地)を移動する際火も一緒に持ち歩く事です。やり方としては、まず火の中に堅木の断片を入れ、それから棒の束の中に燻した石炭状になった堅木を入れて運びます。ペーパーバークツリー(Melaleuca)から剥した樹皮を固く丸めて、それの一方の端に火をつけて松明として使用することも可能です。ちょっとした空気の動きが松明を明るく燃やし続けます。もし静止させて持つと、炎は消えますが樹皮の油性分が松明を燻らせつづけます。これは歩きながら火を運ぶもう一つの方法です。火を燻らせる事で、その煙が蚊を追い払ってしまう効果があります。炎が必要な場合は単に息を吹きかけるだけです。

 40,000-50,000年に渡るオーストラリアにおける天然資源のアボリジニ的活用法は、アボリジニ文化が常に自然に対して深い尊敬の念を持っていたことと自然サイクルを本質的に理解していたからこそ可能だったと言えるでしょう。環境に対するこの思いやりは、産業社会が地球上で許容できる生活を維持する為にアボリジニから学ばなければならない教訓です。


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2010年04月17日

仕事帰りのビーチバレー

ナイター設備のあるビーチバレーコートに行ってきた。

仕事場から車で15分で行ける。
BeaSTA HANEDA
羽田コート2羽田コート





生憎と気温が低く、前日の雨で砂が濡れていたために、プレーをしているうちに寒さで足の感覚が無くなってくる。

それでも夜の10時過ぎまで目いっぱい体を動かした。

参加費用は1000円ととてもリーズナブル。

集まったプレーヤー同士で組み合わせを変えながらゲーム形式でのプレーを行う。

これまでは週末のみのビーチバレーだったが、これからは仕事帰りの夜の活動が加わりそうだ。

川崎マリエン、府中のインドアビーチバレーコートに加えてナイター設備を整えた羽田コート。

ビーチバレー人口が確実に増えていることを裏付ける現象だ。

ここでは6月にはレストランも併設されるとのこと。

楽しみがまた一つ増えた。

今朝の雨も上がり、これから海辺のビーチにGO!

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2010年04月13日

ルースタミナ丼

やや疲れ気味の時にはこれに限る。
ルースタミナ丼

普通は卵の黄身は乗せないのだが・・・・。



タタキ状にしたルーミートと卵の黄身が良くマッチングする。

これも作り方は簡単。

ルーミートヒレを自然解凍してドリップを完全に除去することが大事。

あとは、お肉に塩コショウを塗りこんで、ごま油かオリーブオイルでマリネする。

マリネしておいたお肉を強火のフライパンで火を通し、表面が狐色になった所で取り出して手で触れる程度に冷ます。

お肉を繊維と直角になるように3-5mmの厚みに輪切りして、ご飯の上に並べる。

写真のように青ネギを乗せて、好みに応じて卵を入れても良い。

今回はソースはワサビ醤油を使用。

ルースタミナ丼の欠点は食が進みすぎること。

ただ、お肉に脂肪がほとんどないので、お腹に持たれることがないところが最大の長所。

ルーミートの美味しさは食べたことのある人にしか分からない。
天然ミート(野生肉)ならではの軟らかいけれども腰のある歯ごたえは他のお肉では味わえない。

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2010年04月11日

人口コート

いよいよ人口ビーチバレーコートがお目見えした。

といっても昨年できた川崎マリエンのビーチバレーコート。
マリエン2マリエン

 




バーベキューバーベキュー2





週末は最高の天気で、ビーチバレー大会を楽しみながらバーベキュー。

ここ以外にも羽田にも人口コートが出来ている。

明日の夜はそこに行ってプレーする予定。

これまでは夏にビーチでしかできないスポーツだと思われていたのだが、ビーチバレー人口が増えたのと、冬でも練習するプレーヤーがいるためにインドアビーチバレーコートや、こうした人口コートが出来始めている。

この究極のバレーボールと言われるビーチバレーがジワジワと広がっていることを実感できる。

ビーチバレー狂いのカンガルーマンにとってはとても嬉しい現象だ。

願わくは若い人たちだけでなく、中高年も是非楽しんで欲しいスポーツだ。

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2010年04月08日

The Bushfood Handbook・・・・・アボリジニと食物

アボリジニと食物

Aborigines and Food

Mountain devil 



Mountain devil

花からはのどの渇きをうるおすほどのネクターがとれますが、飲みすぎると頭痛の原因ともなります。

これはヒスタミンを含有しているアミノ酸から成っているためです。









    今でも多くの食物を採集しているアボリジニがいますが、彼らにとってブッシュフードは生命を維持する源泉以上のものです。彼らのまさに存在そのものが生命サイクルの中での調和或いは宗教的原則に依存しています。メルビルやバサースト諸島では、ヤム芋(
dioscorea bulbifera bulbifera)はティウイ(Tiwi)族のクラマ(Kulama)イニシエーション儀式の重要な部分となっており、女の子たちは収穫時期と複雑な加工調理の詳細を教えられます。アリススプリング北東の乾燥地帯では、アルヤワラ族にとってのワイヤリーワトル(オーストラリア産アカシアの一種)の重要性は、この種の乱獲に関してはっきりした懸念が表明されています。ある種の食物が可能性のある作物だと考える前のコンサルテーションは重要なステップです。過去にアボリジニから何かを学んだとしたら、ブッシュフードの普及あるいは栽培はこれらの食材を発見した人々の支援と協力のもとに行なわれなければなりません。ブッシュフードは美食家達のイマジネーションと食材としてだけでなくアボリジニの健康と栄養に寄与しなければならないからです。

 オーストラリア人は今、アボリジニが虫(Witjuti Grubs)やカンガルーに限らない多くの食材を食べていた事を学びつつあります。彼らの食生活には数百種類にのぼる果物、木の実、種子、野菜、昆虫や肉等が含まれており、そしてブッシュフード運動の一部として食べたりまたは栽培する価値のあるものです。

 アボリジニ食材に関する私たちの知識は人類学と植物学がリンクしている学問の一種である民族植物学(Ethnobotany)から来ています。1970年代まで、民族植物学に関するコメントや情報は多数の著者によるオーストラリア固有食物の膨大なリストでした。これらのリストには食物の収穫や調理方法等が含まれており、そして時にはアボリジニが考えもつかなかった狩猟採集から農耕栽培への進歩においてアボリジニ的食習慣を位置付けるよう試みました。場合によっては、固有の果物(例えばquandong, Santalum acuminatum)の栽培の可能性を示唆するケースもありました。しかし、アボリジニによる食生活でバラエティに富んだ料理法の開発に言及されることはありませんでした。

 アボリジニ社会は私達と異なった文化と価値感を持っています。ヨーロッパ人の気風は競争的、収奪的そしてリニアル(線形的)ですが、アボリジニのそれは昔も今も協力的、保全的そして循環的です。アボリジニ文化はこれまで常に天然資源に依存するだけでなく保存すべき環境とある種の関係を保ってきました。彼らの植物に関する伝統的な知識と使用法はシンプルでも前農業的でもありません。最近では、アボリジニがこれまで資源保持の有能な管理者であったことが認められていますし、一連の農耕を発達させていたことも知られています。ある地域では、アボリジニによって使用されている現代の土地は今でも環境を破壊するヨーロッパ人の伝統を受け継いでいます。というのもヨーロッパ人が耕作していた産物だからです。もう一つの考慮すべき事柄はアボリジニが好んで食べるエミュー、ジュゴン、亀、ハリモグラ等の動物達の捕獲が今でも続いていることです。かなりの数のハンターと効率的な捕獲方法でこれらの伝統的な食材となる動物の頭数が必要以上に収奪されやすくなっています。適切な捕獲コントロールがこれらの資源保護、伝統的食材の使用そして地域の人々の栄養供給に寄与することとなります。

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2010年04月05日

ルーミートだけではない

カンガルーマンが毎日ルーミートを食べているかというとそうではない。

基本的には脂肪の少ない赤身肉と魚が中心の食生活だ。
シーフードカレースープ
その中でも特に好きなメニューはシーフードカレースープ。



作り方はとても簡単。

トマトベースのカレースープを作って、そこにイカ、タコ、ホタテ、手元にある魚何でも、玉ねぎ、人参、キノコ等をぶち込んで煮込むだけ。

魚介類のダシが出て、トマトとカレー風味がうまく絡んだスープが出来上がる。

いろいろと能書き垂れて、レシピを細かく書けばいいのだろうが、簡単に言えば魚介鍋のカレー風味といったところか?

これから暖かくなって、さらに暑くなってきた時の定番メニューとなるのだろう。

この料理の問題点は、食が進んで食べすぎる危険があることだ。

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2010年04月04日

おめでとう!

4年がかりの勉強と作業の結果、カミさんの博士号取得が目前となった。

論文を仕上げて学校に提出したのが先月のことだった。
戻ってきた結果は、「素晴らしい革新的な内容」とのコメント。

少しのマイナーな変更と訂正が要求されたものの、そこをクリアすれば論文受付が終了となる。

週末は訂正事項と修正箇所のアレンジに没頭し、無事終了。

このまま行けば5月には博士号の授与が決定され、9月には授与式が行われる。

家庭の面倒をみながら仕事をこなし、53歳で博士号を取得。

カンガルーマンには出来過ぎたカミさんだ。

改めて思う。

途中で泣きそうになったり、放り出しかかったことがあったり、髪を振り乱して悩んだりといろいろあったようが・・・・・。

前向きに努力をすれば必ず報われると!

授与式が行われる9月には家族総出で、少なくともカンガルーマンは大学のあるシドニーを訪問し盛大にお祝いをする予定だ。

継続は力なり!

心からおめでとう。

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